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木村喜由のマーケットインサイト 2012年6月号

木村喜由のマーケットインサイト 2012年6月号

気長に付き合おう、長い底練り相場

ユーロ崩壊まで織り込んだ債券市場のパニック

マーケットで理論的に持続不能な価格が実現した場合、必ずそこには過度の不
安心理や欲望、あるいは追証絡みのロスカットが絡んでいる。つまり理性や損得
勘定を越えた注文が発せられたことが原因だ。実際に国家が崩壊したような一部
の例外を除き、そこがトレンド転換の急所となるものである。
5月1日から6月1日にかけてユーロは対ドルで7%余り下落した。前半はギ
リシャの選挙結果が、後半はスペインの金融システム不安が主因だったといえる。
これに連動して大きく下がったのは欧州の低格付債券、金融機関株、原油を中心
とする商品市況、資源国通貨、日本を含むアジア株などだった。
逆に日米独の長期債券は大きく買われ、スペイン不安が頂点に達した6月1日
に10 年債利回りは米1.43%、独1.13%、日0.81%まで低下した。デフレが
常態化している日本はともかく、長期の期待インフレ率が2%である米独の金利
は異常というほかない。特に独30 年債は一時1.63%となり、日本の利回りを下
回った。これは最終的にユーロは完全崩壊するところまで行くと見なければ説明
できない極端な水準である。
この時期、スペイン国債は6.7%台に上昇しており、熱狂的な買いと売り叩き
が行われたことは間違いない。日経225 が安値8210 円を付けたのも6月1 日
の夜間取引の時間帯で、簡単に言えばリスク性資産からの全面逃避が行われてい
たともいえる。日本株にはリスクオフの動きによる売り圧力に加え、円高の圧力
も加わった。欧米との長期金利格差が縮小ないしは逆転したからだ。裏から見れ
ばそれだけパニック的な行動の余波を受けたといえる。
ユーロ存続のメリット・デメリットを比較すると、ほとんどの国にとってメリ
ットのほうが大きいし、ギリシャ国民でさえ8 割がユーロ圏への存続を望んでい
る。加盟国がユーロ存続に向け全力を上げることは信じてよさそうだ。それなの
にユーロ崩壊が真実味を持って語られるのは、ギリシャの緊縮財政反対派が北朝
鮮風の脅しによる相手側の譲歩を引き出す戦略を取っており、最終的な救済資金
の出し手となるドイツにおいては国民がギリシャの姿勢に我慢がならず、支援を
渋り続けているからである。

不安心理とバリュー感覚の交錯が続こう

日本株の割安感は非常に強い。日経225 は銘柄変更や比重の偏りが強く長期
比較には不適切なため、TOPIX で見ると、6 月4 日には29 年ぶりの695.5 ま
で低下した。株価の数値だけでは実体が掴めない。29 年前の10 年国債利回り
は7.5%、予想PER は23 倍(益回り4.35%)前後でイールドスプレッド(YS)は
約3.2%。それが現在は国債が0.85%、益回りは9%、YS は-8.2%である。
YS が低いほど、投資家は将来に悲観的で、株式にネガティブな態度であると
いえる。しかし経験的には、YS が低位なときほど株価は底値に近いため、結果
的に投資リスクは低く、運用成果は高いことが知られている。
投資経験が豊富で資金余力のある投資家にとって、現在の日本株の水準やバリ
ュエーションは、見たことがなかったほど割安に感じられるだろう。一方、それ
が現実化しているのは現に売っている投資家がいるからであり、その背景である
売り要因がなくなるまで、下げ止まらないのではないかという懸念も強いはずだ。
懸念は大枠では2 つある。第一は財政不安からくる金融危機でリーマンショッ
ク風の制御不能の状況が再来すること。第二は米国および中国といった超大国の
長期不況である。現在は欧州発のパニックが強く警戒されている。
ギリシャはEU に占めるGDP 比率は1.5%、世界では0.4%ほどしかなく、す
でに同国向け債権の大半は引当処理が済んでいるため、破綻しようがユーロから
離脱しようが直接的なショックは軽微だが、万一すぐに支払い不能の事態に陥る
とスペインほかユーロの大国に懸念が波及し、リーマン危機のような金融市場の
マヒが再燃しかねない。
これに先手を打って、9 日にEU はスペインの金融機関の資本増強に向けて
100 億ユーロの資金支援を打ち出した。おそらくこれで当面は小康状態となろう。
続いて17 日のギリシャ選挙では、筆者は75%の確率で緊縮支持派が政権を主導
すると見る。つまり近い将来のギリシャ破綻のシナリオは消え、リスクオフの逆
転現象が起こる可能性が高いと見ている。一過性の急反発がありそうだ。
だがそれで喜んではいけない。米国は2013 年にかけ合計6000 億ドル強、
GDP4%分の財政支出削減が決まっており、これが実現すれば急激な景気悪化が
避けられない。支出の延長には与野党の合意が必要だが、大統領選挙が終わるま
で議論は進むまい。その直後に公債発行上限に突き当たるため、米国がパニック
に陥る公算はギリシャ破綻より高い。売り買いとも深追い禁物であろう。 (了)