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木村輝久「きらめき」 2012年10月号

欧州危機対策の実効性と金融緩和の影響を考える

このところ、尖閣諸島を巡る日中紛争の激化で、やれ「盗んだ」の「面子を潰された」、
などと言う凡そ大国らしくない低次元の言葉、さらには「日本に原爆をぶち込め」と叫ぶ
若者の声を耳にするに至り、中国ファンの筆者も聊かうんざり気味である。
領土問題や与野党の総裁選挙に関心が集まったため、欧州危機に関する報道は影が薄く
なっていたが、去る9月は、欧州危機封じ込め対策や日米の金融緩和策など、今後の世界
経済を占う上での重要な政策決定が相次いだことを見逃してはならない。
9月6日、ECB(欧州中央銀行)の理事会で、危機対応の切り札とされる、スペイン、
イタリアなど南欧諸国の国債購入を柱とする重要なプログラム(OMT)が合意された。その
主な内容は、○償還までの残存期間が1~3年の当該国国債を買入れの対象とする。
○買入れ額に上限を設けず、流通市場から無制限に購入する。○資金繰り難に陥った国は、
ESM(欧州安定メカニズム、EU の恒久的な支援組織)に支援を要請することが条件。○支
援要請と同時に自国の財政再建を公約する必要がある。財政再建を放棄した場合は 国債
購入は停止される。というものである。
ECB のドラギ総裁は「ユーロ防衛のためには、あらゆる措置を取る」と公言、既に8
月に南欧諸国の国債購入を検討することを表明しており、スペイン、イタリア両国の国債
価格の下落で、利回りが危険水域とされる7%前後に上昇したことで、上記の理事会合意
が実現した。この合意に関しては当初オランダ、フィンランド、エストニアなど北欧諸国
が反対していたが、ドラギ総裁に説得されて賛成に回り、結局ドイツ連銀のワイトマン総
裁だけが最後まで反対の立場を貫き通したと伝えられている。 ECBは今年3月までに南
欧諸国の国債2000 億ユーロを買い入れていたが、ドイツ連銀の反対で4 月以降は買い入
れが中止されていた。
今回の南欧国債購入の合意に市場は素早く反応、イタリアの10 年もの国債利回りは5
ヶ月前の水準の5.3%に急落、スペインの10 年もの国債も3 ヶ月前の水準である6.1%ま
で低下した。ロンドンの外国為替市場ではユーロが対円で99.80円まで上昇して7月上旬
以来の水準となった。さらにニューヨーク株式市場では240ドルを超える大幅上昇となり、
一時的ではあるにせよ市場での期待の大きさが伺われた。
ただここで注意しなければならないのは、資金繰りに窮した国が支援を求める場合、財
政赤字を何時までにどの様な形で減らすのか具体策をESM 宛に提出しなければならない
が、肝心のESMは未だ発足していないことである。ESMについては、南欧諸国支援に反
対するドイツの一部の野党議員らが、設立差し止めを提訴していたが、9月12日にドイツ

憲法裁判所がこれを却下、ESM を合憲としたことで、ユーロ圏財務相会合の議長役であ
るルクセンブルクのユンケル首相は、10 月8 日にESM 設立総会を開くよう各国に提案、
漸くESM 発足の目途がついた。次の問題は、支援を求める国にどこまで厳しい財政再建
を求めるかであり、現実的にはこれが至難である。最近の報道によれば、ドイツ最大野党
社会民主党(SPD)のシュタインブリック前財務相が、ギリシャの財政再建には柔軟に対応
するべきだと発言して注目されている。
スペインなどは既に警戒態勢を強めており、ホライ首相は、個別の政策で他国の指示を
受けることは不本意として、政府の歳出を前年比で7.3%削減する来年度予算案と経済構造
改革案を発表した。厳しい改革に取り組んでいることを内外に訴えながら、今後の国債利
回りの推移を見極めた上で、支援が必要か否かを決める方針である。スペインは住宅バブ
ルの崩壊で大手銀行が軒並み資金繰りに窮しているため早期の支援が必要な状況だが、一
方でカタルーニア州の独立指向という難題を抱えており、財政再建で雇用悪化、一層の景
気後退を招いた場合、政府に対する反発激化は避けられず、支援要請には慎重にならざる
を得ない。ギリシャでは9 月下旬、2 大労組が公務員給与の削減など追加緊縮策に抗議し
てゼネストに突入、アテネで7 万人が参加して、6 月に発足したサマラス政権に大きな圧
力をかけた。2 月のようにデモ参加者が暴徒化して社会不安が高まれば、政府は事態収拾
のために財政緊縮の緩和を余儀なくされる懸念がある。ポルトガルでも各地で大規模な抗
議デモが相次いでいると聞く。
今年第2Q のGDP 伸び率は、ギリシャが▲6.5%、ポルトガル、イタリア、スペインも
▲1~3%という状況で、さらに緊縮財政を強いることは現実問題として難しいであろう。
となると今回の南欧諸国支援のプログラムが果たしてどの程度効力を発揮するのか甚だ
疑問と言わざるを得ない。欧州の金融危機を封じ込めるためには、域内の全金融機関を一
元的に規制、監督する金融統合を早急に進めるとともに、財政統合に向けての道を切り開
くことが今後の最重要課題となる。
ECBが南欧諸国支援策を打ち出した1週間後の9月13日、米国ではFRBがQE3を発
表した。今回の金融緩和策の特徴は、ゼロ金利政策の継続期間延長に加えて、住宅ローン
担保証券の無制限追加買入れにあり、バーナンキ議長の狙いは低迷を続ける雇用回復を押
し進めることである。大統領選挙を控えたこの時期に何故という見方もあるが、来年年明
けに迎える「財政の絶壁」を意識したものと見てよいであろう。米国の金融緩和は金利の
低下を通じてドル売り円買い圧力を高める要因となり我が国経済への影響は小さくない。
そこで6日後の9月19日、日銀の金融政策決定会合で、国債などの買入基金枠を70兆円
から80兆円に増額するとともに、買入期間を6ヶ月延長して2013年末迄とする金融緩和
策が決定された。
欧州、米国、そして日本と相次いで打ち出された金融緩和は夫々のやむをえぬ事情によ
るものだが、この結果生じる過剰流動性が今後の世界経済にどのような影響を及ぼすのか
懸念は大きい。2年前のQE2で商品市場に流れ込んだマネーが穀物価格の高騰をもたらし、
食料不足が中東、アフリカ諸国の貧民層を苦しめたことは未だ記憶に新しい。今回も一部
の新興国では食品の値上がりで社会不安が危惧され始めている。また原油や金に代表され
る国際商品の値上がり期待で、投機筋に活発な動きが見られており、過去に度々繰り返さ
れた過剰流動性による地球規模でのバブルを危惧するのは筆者だけではあるまい。(以上)