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木村輝久「きらめき」 2012年4月号

最近のEU事情を整理し今後の問題を探る

本紙きらめき1 月号「新春雑感」で、「年初来のユーロの値下がりに象徴されるように、ヨ
ーロッパの金融不安は払拭されるに至っていませんが、昨年12 月のEU サミットの合意もあ
り、最悪の事態は回避される目途はついたと考えています」と書いたが、ある会員から「僅か3
行ほどで、さらっと書かれていますが、もう少し掘り下げて欲しかった」というメールを頂戴
した。自分が書いたレポートにこういった形でご意見が頂けることは、本当に有難く正に筆者
冥利につきるもので、確かに見事に手抜きを見抜かれたと恥じ入った。改めて、感謝とお詫び
をさせて頂きたい。
本年1 月に、スイスのダボスで開催されたWEF(世界経済フォーラム)に参加した大企業約
1,000 社に聞いた「2012 年の世界10 大事象は?」というアンケートの回答を見ると、1 位 政
府債務・債務危機、2 位 経済の不確実性、3 位 グローバルなパワーシフト、4 位 デジタル革
命、5 位 金融市場の不安定性、6 位 政治的行き詰まり、7 位 資源の希少性、8 位 気候変動、
9 位 失業、10 位 不平等性となっている。ベスト5 にEU がらみの事象が三つも上がっている
ことから、世界各国の大企業経営者がEU 問題に深い関心を持っていることが良く分かる。
筆者は、ギリシャ問題は本質的には解決されていないと考える。即ち、構造改革、財政再建、
新産業育成などで、他のEU 諸国に比肩し得る近代国家に脱皮しない限り、これまで同様のリ
スクを孕み続けることになる。日本政策投資銀行の鍋山氏の言葉を借りれば「プロのゴルファ
ーとアマチュアのビギナーがスクラッチでプレーしているようなもの」ということである。従
って1 年前に言われた「ギリシャ切り離し」論が今後も折に触れて蒸し返される可能性は大き
い。ただしその場合はギリシャだけでなく、ポルトガル、スペインなどが道ずれになる恐れも
あり、ことは簡単ではない。
最近のギリシャに関する動きを整理してみる。3 月上旬、ギリシャ国債を保有する銀行、生
保など民間投資家の83.5%が自主的に債務削減に応じることを決めた。また債務削減を拒否す
る投資家に対しては、強制的な削減措置である「集団行動条項」なるものが適用されることに
なった。この結果、投資家の債務削減参加率は、95.7%、約1,000 億ユーロの債務が圧縮され
る。これに対応してEU とIMF による総額1,300 億ユーロの追加支援が決まった。2010 年5
月の第一次の金融支援に続き2 年足らずで追加支援を余儀なくされた訳で、支援総額は2,400
億ユーロとなる。なお、強制的な債務削減によって生じるCDS(クレジット・デフォルト・スワ
ップ)発動のリスクは、2008 年のリーマンショック後に破綻し救済された米国の大手損保AIG
のケースよりは、はるかに小さく、金融システムを揺さぶるような事態にはならない。3 月20
日に予定されていた145 億ユーロの国債償還は、かくして辛うじて乗り切ることが出来た。

しかし、ギリシャの10 年もの国債の直近利回りは20%で、市場が今後の償還に強い不信感を
抱いていることを表している。ギリシャに次いで財政状態が悪いポルトガルについても債務削
減を警戒する動きが見られ、同国の国債利回りが13%近くまで上昇している。
続いて警戒されるのが5 月初旬に行われるギリシャの総選挙である。もし年金改革や公務員
削減など財政緊急縮減に反対する野党が、公務員労働組合などの支援を得て勝利するようなこ
とになると、EU との約束事が反古にされかねない。
さらに本年6 月末までに、金融機関が中核自己資本比率(いわゆるコアTier1)を9%以上にし
て健全性を高める必要があり、このために生じる貸渋りや貸剥がしの拡大も影響が大きい。
今年初め、S&P 社がユーロ9 カ国とEFSF(欧州金融安定化基金〉を格下げしたことで、資金
調達に厳しさが増していることも不安材料である。
IMF による、2012 年のユーロ圏全体の実質経済成長率予測はマイナス0.5%、昨年9 月時点
での見通し+1.1%が大幅に下方修正されている。欧州全域で貸渋りが強化されれば、さらにマ
イナス幅が大きくなる可能性も否定できない。
ところで欧州の金融安定網であるEFSF(融資の総限度額4,400 億ユーロ)だが、2013 年半ば
に新規融資は停止されることになっており、これを引き継ぐ形でESM(欧州安定メカニズム)
を当初計画より1 年前倒しにして本年7 月に発足させることになった。従って1 年間はEFSF
とESM が並存される訳で、EU の金融安全網は強化される。さらに3 月末のEU 財務相会合
で、ESM発足当初の両者合計の融資能力を8.000 億ユーロに迄引き上げることが合意された。
ESM は予定の最大資金量5,000 億ユーロに向けて毎年段階的に資金を増やす計画だが、金融
支援拡大に慎重なドイツを始めとする北方諸国の協力がスムーズに得られるか否かが今後の
課題となる。なお、EU がこのような金融安定網拡大を決めたことで、IMF も現在の4,000 億
ユーロ弱の融資財源を2 倍以上に増強することを4 月上旬に開催される総会で決議する見通し
である。
処で、3 月下旬に来日したイタリアのモンティ首相の発言が話題を呼んでいる。彼はユーロ
圏17 カ国が一つの国のように債券を発行する「ユーロ共同債」の創設をかねてから主張し、「欧
州合衆国」結成にも熱意を示している。共同債発行のためにはEU の財政一本化、財政同盟結
成が先決だが、「基本的には先般のEU 首脳会議で合意を得ている」と語って注目を集めた。
モンティ首相は昨年11 月、債務危機とスキャンダルで退陣したベルルスコーニ首相に替わっ
て、1 年間余の期限付き暫定政権、火消役として登場した。米国エール大学でトービン教授に
師事し、財政、金融に精通した経済学者であり、EU の閣僚を10 年間努めた実力者でもある。
かねてより構造改革、規制撤廃や労働市場改革などで経済活性化を追及する政策を主張、就任
以来財政再建と成長戦略両立に精力的に取り組んでいる。この努力が功を奏して、一時7%を
超えていた10 物国債の利回りが最近では5%前後に迄低下、短期間に実績を上げたことから国
民の高い支持率を得ており、その発言には説得力がある。
最後に、スペインについても触れておきたい。先月、政府が今年の財政赤字目標を、GDP
比4.4%から5.3%に緩和したことから、景気の先行き警戒感が強まり10 年もの国債利回りが
5.5%を突破した。住宅バブル崩壊の影響拡大がその背景にある。スペインの経済規模は、ユー
ロ圏ではイタリアに次ぐ第4 位で、危機発生となれば、その影響力はギリシャやポルトガルの
比ではない。従って、前述した程度の金融安全網拡大では対応できないと見る向きも多く、当
分は目が離せない状況が続くと言わざるを得ない。 (以上)