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木村輝久「きらめき」 2012年5月号

新興大国ブラジルの近況と今後の展望

筆者は昨年1 月、取引証券会社の営業マンに奨められてブラジル通貨レアル建ての世界
銀行債券(年利8.04%、毎月利払い型)を購入した。当時の為替レートは、1 レアル51.3 円
だった。しかし昨年夏頃からブラジルの経済動向が危惧されるようになり、通貨レアルは
20%近く下落し、9 月には43 円を割り込んでしまった。その後はやや持ち直してはいるも
のの、何かと不安材料が耳に入るようになり、これまで余り関心を持たなかったブラジル
について、改めて勉強しなければいけないと思うようになった。
2003 年10 月、将来2050 年にかけて大きく成長発展が見込まれる4大国を採り上げた
ゴールドマン・サックス社のレポートにBRICs なる造語が登場し、使い勝手の良さでさし
て抵抗もなく、通常の経済用語として使用されるようになった。ギリシャ問題で俄かに脚
光を浴びるようになった財政問題を抱える南欧の4カ国を言うPIGS よりは語感が良い。
その筆頭のブラジル、明治期から昭和にかけて我が国から多くの移民を受け入れ、親日国
家として交流の深い国だが、他の3国、即ちロシア、インド、中国と異なり南半球に位置
する為か、我々が得られる情報は必ずしも多くないと思うが如何なものであろうか。
改めて書くまでもないと思うが、ブラジルの国土総面積は851 万k ㎡で、我が国の約22
倍。人口は約1億9000 万人(欧州系48%、混血43%)。2010 年の国内総生産額は2 兆
879 億ドルで世界第7 位。直近3 年の経済成長率は、2009 年0.6%、2010 年7.5%、2011
年2.9%。豊富な天然資源に恵まれ、インフラの遅れはあるものの、“サンダルから航空機
産業”まで持つ工業国家として近年著しい発展ぶりが注目されている。しかし1998 年の
南米通貨危機の際には、レアル相場は一時80%の暴落に見舞われ、IMF の金融支援で辛う
じてデフォルトが回避された厳しい過去もある。その後、IMF の支援条件である「財政赤
字の削減」に成功するとともに、経済成長による貿易黒字の拡大で2005 年にはいち早く
IBM の支援から脱却した。また、米国のサブプライムローン事件に連鎖したリーマンショ
ックの時は、通貨レアルも対円ベースで69 円から37 円まで50%近い大幅下落に見舞われ
たが、その後急速に上昇に転じ、2010 年以降レアル高が様々な弊害を招くことになってし
まった。
昨年1 月、貧困層から這い上がり国民の強い信頼を維持し続けた前任のルラ大統領から
後継指名を受けて、「全ブラジル国民の為に政治を行い、貧困撲滅のために戦う」をモット
ーに選挙で大勝、初の女性大統領に就任したジルマ・ルセフ氏は、左翼ゲリラ出身で、貧者
のカリスマとして現在も高い支持率を保持している。ルラ前大統領の「財政規律を保ちつ
つ所得の再分配を進めて消費市場を拡大、貧困対策と経済成長を両立させる」という基本
方針を踏襲して、それなりの成果を挙げているものの、2010 年以降の金利高、レアル高で

低金利の海外先進国から大量の資金が流入した結果、過剰消費、インフレ圧力が高まり、
それまで輸出で潤って来た国内製造業がコスト高に苦しむようになってしまった。政府は
2010 年10 月に金融取引税を引き上げ、2011 年1 月には通貨先物取引の規制を強化、7 月
にはドル売りレアル買いポジションへの規制強化、さらには課税引き上げなどを実施して
きたが、効果はいまひとつのようである。
去る3 月下旬、為替変動が貿易に与える影響について話し合うWTO の特別会合で、ブ
ラジルはレアルが投機によって不安定化していると訴え、輸入の増加に歯止めを掛けるた
めに上乗せ関税の導入検討を表明するとともに、中国の人民元が当局の介入で不当に安く
なっていると強く非難した。ブラジルが自動車を始めとする中国製品の輸入増に苦しめら
れているからであり、依然としてレアル高が解消できないブラジルの苦悩が読み取れる。
嘗て国際投信のグローバル・ソブリン・ファンド(グロ・ソブ)が人気を呼び、その残高が5
兆円を超えて話題になったが、リーマンショック後の円高に加えて欧州諸国の財政危機な
どから人気離散を余儀なくされた。そして、それに替わるものとて高金利のレアル関連金
融商品が売れ行きを伸ばし、投資信託だけでも50 本を超えているらしい。買っているのは
年金生活の60 歳台のシニア層で、昨年末の資産残高が何と7 兆円に達したと聞く。南欧
諸国より国債の格付けが低い新興国ブラジル関連の金融商品であることを考えると異常と
いう他ない。昨年9 月に一時レアルが急落した際、ブラジル関連投信が売られて資金流失
が話題になったが、実際には流失額は資産残高の0.7%に過ぎなかった。それだけに今後の
ブラジルの経済状況によっては、予想を超える資金流失も有りうると考える。
ブラジルが抱える課題として、まず第一に挙げられるのが過剰消費問題である。住宅、
自動車、家電などのローンの増勢が止まらず、先行指標とされるローン延滞申請件数や債
務不履行が増え続けている。度重なる政策金利の引き上げ、そして金融機関も貸し出しに
は慎重になってきているが、過剰消費を抑制するには至らず、嘗て世界中を揺るがせた米
国のサブプライムローンの悪夢が拭い切れない。
次に、自動車や繊維製品を始めとする輸出産業が軒並み赤字に転落しており、回復の目
途が立たない状況にあること。消費者は相対的に割高な国産品を避け、もっぱら安価な輸
入品を購入する傾向が収まらない。政府は企業に対する減税、政府調達の増加などで、国
内産業保護政策をとっているが、中々追いつかないのが現状と言われている。俗にブラジ
ルコストと云われる通貨高、厳しい労働規制、重い税負担などを抱える産業界の苦境は当
分解消されそうにない。
さらに南欧の金融情勢が及ぼす影響も懸念される。ヨーロッパの金融機関によるブラジ
ルへの融資残高は、昨年末で3,700 億ドルに達しており、その半分が債務危機問題を抱え
るスペインの銀行からである。従って欧州の債務危機が再燃して信用収縮が起きれば、リ
ーマンショックの時を上回る通貨レアルの暴落は避けられないであろう。現に本稿執筆中
に「4 月末、一部の市場参加者による運用リスク回避の売りで急落、2009 年6 月以来のレ
アル安、ドル高」との報道もあった。
消費に代わる景気の牽引役として、政府は、民間設備投資に加えて、2014 年に開催が予
定されているサッカーのワールド・カップ、それに続く2016 年のリオデジャネーロ・オリ
ンピックに備える社会資本の整備に期待を掛けているが、果たして期待通りの成果が出る
のか。汚職がはびこる政界の浄化、遅れている課税制度や徴税能力、さらには労働制度な
ど多くの緊急改革案件を抱えるルセフ大統領の手腕に求められる課題は多い。 (以上)