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木村喜由のマーケットインサイト 2012年8月号

依然として方向感錯綜

海外は過度のリスクオフからのゆり戻し局面

世界の主要株式市場はほとんどが6月4日に安値を付け、その後7月下旬にか
けスペイン情勢の不安から一時下落したものの、総じてこの9週間上昇トレンド
を維持している。しかし最近の動きを主導しているのは株式よりも債券市場で、
7月24 日前後にかけての南欧債券売り・米独仏などの国債買いの動きは凄まじ
いものであった。この時期、スペイン10 年国債利回りが7.6%超となったのに
対し米10 年債は1.39%に、さらに独仏2 年国債利回りはマイナス金利となっ
たのである。
マイナス金利とは、買い手の方が売り手にカネを出すということで、投資や資
金運用の常軌を逸している。無理やりこれらの動きにに辻褄を合わせるなら、ス
ペインやギリシャが遠からずユーロから脱退し、その際に債券は何がしかのヘア
カット(元利の一部免除)が行われ、逆にそれらの離脱後のユーロは強い通貨にな
って独仏債券を今買っておけば為替差益が得られる、という論理がありうる。
しかし現実にはイタリア、スペインは真面目に財政再建に取り組んでおり、
IMF もECB もこれを歓迎・支援しており、ギリシャを除けば近い将来のユーロ
離脱はありえない。実態は、投機筋がEU 内の会議とドイツ国内向けで全く異な
る答弁を繰り返す独メルケル首相の態度を言挙げして、一時的な投機に走った公
算が強い。折から、中国の景気減速が注目されていたため、その影響が強いと見
られた日本株がスペイン債と一緒に売り叩かれたのであった。
この結果、日経225 の場合、8239 円から9136 円まで上昇後、8328 円ま
で調整した。その後債券市場にはゆり戻しがあり、米10 年債は1.69%まで売ら
れ、急落したスペイン株は安値から22%も上がって7 月高値を奪回したことか
ら、日本株の出遅れが注目され、9 日には9004 円まで戻す場面があった。
9 割以上が発表を終えた4-6 月期決算は素材産業、電機などの収益悪化が顕
著で、純利益は5 月予想から7%程度下方修正されている。世界の景気も今後減
速が見込まれ、業績面では世界の株価には下向きの圧力が掛かっているものの、
欧州危機に対する過度の不安が後退したことで反発している。強弱材料が混在す
る状況は今後も続きそうなため、株価の方向感は依然不透明である。
2012年8月号

債券投資家の復讐が長期的に行われる公算

基本的な情勢は先月からあまり変わっていない。日本株のバリュエーション、
特に債券と比較した場合の割安感は依然強く、この面からの資金シフトの潜在力
は期待できるものの、欧米の財政再建に絡む景気へのネガティブな圧力はまだわ
ずかに表面化した程度。特に米国では皆無に近く、現在株価が年初来高値に接近
しているとはいえ、楽観できる状況ではない。
一方、ようやく消費税法案が成立したことで、近い将来の衆議院選挙が濃厚に
なり、内部崩壊したままで権力を握っている民主党政権という不自然で非効率な
状況の終わりが近づいたことは歓迎できる。秋から年末には新政権が誕生し、幾
分はましな経済運営が期待できるだろう。
世界的に今後の10 年間は財政再建に向けた努力がテーマになると見ている。
急速に拡大する福祉予算をカバーするため、不可避的に大きな政府、国民負担率
の引き上げがテーマになるからだ。財政の悪さは金利負担を高めて国と通貨を殺
す。打撃を受けるのは資産家と年金受給者だ。欧州は一足先にスタートを切って
いるが、米国が続き、日本も後を追う。2020 年には日本の消費税率15%への
引き上げが具体化しよう。
これまでは金融緩和による金利低下(債券値上がり)、株や不動産などの資産価
格上昇により投資家には総じて追い風が吹いていた(日本以外の話)。だが今後は
実質金利が上がり、資産価格は上がりにくい時代となる。経済運営に疑問符の付
いた国から、低金利に甘んじていた債券投資家の復讐がすでに始まっている。
比較的平穏なドル円相場だが、昨年11 月の75 円割れから9 か月経過しても
安値を更新しないことで、次第に本格的なトレンド転換の潜在力が強まっている
ように見える。マネーサプライと為替の関係を重視する向きは、リーマンショッ
ク以後、欧米のマネーサプライが急増しているのに日本のそれが低いことで円高
活力が掛かっていると主張するが、今や欧米の緩和は限界に達しており、早晩債
券相場に悪影響を及ぼすだろう。
時間を経過するにつれて景気の回復期待は薄れ、むしろ来る不況の厳しさを読
み合う場面が来ると思う。不況慣れした日本、欧州と中国は意外にしぶとく粘る
が、米国は短期的にダメージが大きいのではないか。だが、債務を圧縮しながら
の低成長の方が、実は本当によい銘柄を拾える場面である。儲からないと嘆くよ
り冷静に買い場を見定める時期と思えばよいと思う。 (了)