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木村輝久「きらめき」 2012年7月号

政治家養成塾の乱立問題を考える

最近、政治家の養成を目的とする塾が話題になることが多い。例えば、大阪府知
事から市長に転進した橋下徹が率いる「維新政治塾」は目下大盛況で、今年は3,000
人の入塾希望者があったと云う。しかし取材した新聞記者の話では、家庭の主婦と
思われる女性も多く、さながらカルチャースクールのような雰囲気だったとのこと、
タレント弁護士としてTVをフルに利用して知名度と人気を高めた橋下流手法を学
ぶのが狙いと云うのでは何とも情けない。受講料2億4000万円を集めたと聞くと、
政治資金作りが目的ではないかと勘繰りたくもなる。あるいは石原慎太郎東京都知
事が「立ち上がれ日本」の「かけはし塾」を「石原政治塾」に衣替えする話など話
題に事欠かない。
この両者に刺激されてか今年に入ってから地方の首長が主催する政治塾の誕生
が相次いでいる。大村愛知県知事の「東海大士塾」、河村名古屋市長の「河村たか
し政治塾」、嘉田由紀子滋賀県知事の「未来政治塾」などである。
政治家養成塾といえば、1979 年6 月に故松下幸之助が私財70 億円を投じて立
ち上げた神奈川県茅ヶ崎の「松下政経塾」をもって嚆矢とするという説もあるが、
幕末、多くの志士、指導者を輩出した「松下村塾」の存在を忘れてはなるまい。共
に「松下」が付くのは偶然とは言え皮肉である。松下政経塾出身者で現在政治の第
一線で活躍しているのは、衆議院議員31名、参議院議員7名、都・府・県議会議員
14 名、他に市区町村の首長、議員なども多く、政界にそれなりの貢献を果たして
いることは間違いない。現首相の野田佳彦は同塾の第1 期生である。他に民主党
の閣僚級では前原誠司、玄葉光一郎が共に8 期生、原口一博が4 期生、樽床伸二
が3 期生で、なぜか民主党議員が多い。自民党では逢沢一郎が野田と同期の第1
期生である。野田は昨年8 月末の民主党代表選で、小沢一郎元代表が支持する海
江田万里(当時、経済産業相)を決選投票で大逆転して破り党代表の座を獲得した。
首相就任以来、党内の纏めに膨大なエネルギーを必要としたことは改めて書くまで
もないであろう。
ご存知の方も多いと思うが、この機会に松下政経塾の運営については簡単に纏め
てみたい。生前、無税国家を理想とした松下幸之助が「理想の日本と世界を実現し
ょうとする堅い志を持ち」「人生を賭けて、山積みする課題解決に挑む覚悟と実戦
力を持つ人材の育成」を塾の理念として掲げている。全寮制で研修期間は当初3
年だったが現在では4年。月額20万円の研修費が支給される他、状況によっては
活動費の支給もあると聞く。研修内容は、法律、政治、経済、財政はもとより書道、
茶道、座禅、武道、伊勢神宮参拝、自衛隊体験入隊など広範囲に亘っている。専ら
著名講師の講義聴講が中心で、短期間に終了する前述の新興塾とはかなり様相が異
なっている。勿論、塾生になるためには入塾試験に合格しなければならない。塾発
足当初は、金持ちの節税対策とか、彼も人の子、功成り名を遂げたら今度は政治道
楽かなどと云う声もあったが、長期政権の下で生じた自民党時代の金権腐敗政治の
浄化に寄与したことは間違いない。現在、卒業生の43%が政治家の道に進んでお
り、野田佳彦という国家の宰相を輩出していることから、創立者の泉下の松下さん
も一応はご満足のことだろう。
松下幸之助が塾の理念とした「人生をかけて苦難に挑む人材作り」。第1期生の
野田は『命をかける』というセリフを連発しながら、今回何とか3党合意を取り付
けて衆議院での消費税増税法案可決を実現した。国難と言っても過言でないこの時
期に、足を引っ張り合うだけで何も決められない政治から、曲がりなりにも「決め
られる政治」に動いたことは充分評価されてよい。
ところで今や非現実的となってしまったマニフェストを盾に取り、執行部の追い
落としに徹し挙句の果てに若手中心の50名弱を引き連れて離党する小沢一郎元代
表、まさに「壊し屋」の本領発揮だが、実はこの人も政治塾を持っている。即ち「小
沢一郎政治塾」、この塾に席を置いた人のうち現在10名が国会議員である。去る2
月に行われた冬季集中講座には11期と12期の塾生50人が参加した。講座は3泊
4 日で参加費は全額自己負担。講師の中には小沢が嫌う官僚OB の榊原英資青山大
学客員教授(元大蔵省財務官、ミスター円の異名を持つ)の顔も見られた。この集中
講座を2 年間に4 回受けると修了証書が与えられる。この塾、元はと云えば2001
年に旧自由党の政治塾として発足したものだが、紆余曲折を経て現在は小沢の個人
事業となっているものである。
この小沢なる人物、郷里は岩手県だが出身高校は何故か東京都立の小石川高校で
ある。沖縄基地問題で躓き、短命に終わったお坊ちゃん首相鳩山由紀夫も小石川高
校で、共に筆者の後輩に当たる。親しい友人から、お前の高校は変な奴が多いなと
言われるのは辛い。当協会古参会員の清水豊晴氏も同門、その上彼は小沢とは大学
も同じと聞くが如何であろうか。
余談は別として、社会経験に乏しく、青臭い議論好きばかりだとか、塾に入るの
は学ぶためではなくコネ作りの為だとか、或いは選挙に当選するためだといったよ
うな塾生に対する世の批判が強い中、次の選挙で、これらの塾出身者が如何いう評
価を受けるのか興味深い。
過去、国家存亡の危機に、生命を賭して変革に立ち向かい、新たな時代を切り拓
く人材が現れた例は少なくない。かつて「松下村塾」が、強大な欧米の圧力に屈せ
ず、明治維新を実現する人材を輩出したように、現代の政治塾も救国の逸材育成に、
その存在意義を見出して欲しい。 (以上)