木村喜由のマーケットインサイト 2012年12月号
安倍政権への過剰期待剥落、ゆり戻し警戒
ヘッジファンドの策動買いによる上昇、米財政の崖懸念は緩められず
前回の執筆は11 月11 日だったが、その後14 日に野田首相が解散を確約し、
そこから急速な円安・株高トレンドが発生した。これを演出したのは例によって
海外ヘッジファンド筋で、2-3 月の急騰と全く同じ構図である。安倍自民党総
裁が選挙を意識し強力な日銀の金融緩和、より率直に言えば無理やり円安誘導し
てデフレ脱却を図るという公約を打ち出したため、これに乗じて巧みに相場水準
を切り上げてきた。
この間の外部環境は、相場の動きに現れている限り大きく改善した。欧米株価
は11 月16 日以来7-10%ほぼ押し目なく上昇、特にユーロ円は110 円台に達
し、8%も円安方向に振れている。明らかにリスクオンの動きである。EU による
ギリシャ支援資金が送金されたことで、突然の破綻の不安から解放されたことが
大きい。また米国では「財政の崖」への懸念は燻っているものの、それがFRB の
追加緩和期待を強めて株価を押し上げた。
しかし、実際は財政の崖への交渉は前進しておらず、ECB による来年のEU 成
長見通しは下方修正され、日銀短観の業況判断DI は大きく低下するなど、マーケ
ットの動きとはチグハグな推移をしている。根拠なき上昇とまで言うと言い過ぎ
だが、要するに、年末に向けて投機資金が強気ムードの演出を狙った動きを見せ
ているように思われる。この中で金や原油など商品市況は冴えない動きである。
選挙明けの市場では、自民党の大勝を受けて円安・株高が一段と進み、ドル円
は84.35 円、日経225 は9900 円台に乗せている。先行きドル円は一段と上
昇を予想するが、株価はいったん反落し、その後の展開は米国市場の財政の崖に
対する反応次第になると見ている。より率直に言えば、米国株価は急落の可能性
が高いと見ており、日本株は当面ポジションを軽くするのが適切と考えている。
もちろん財政の崖問題がスムーズな決着にならない場合はドルも売られるので、
ヘッジファンドが現在積み上げている円売り・株式先物買いのポジションは解消
され、(元の水準までは下がらないと思うが)上昇局面と同じくらいの速さで逆戻
りする可能性がある。1 万円弱の水準からは上値も知れているので、買いを入れ
るなら海外市場の混乱で下げたところを拾うのが適切だろう。
財政不安強める過度の日銀依存に財務省が抵抗しよう
ヘッジファンド筋は安倍政権は日銀に2-3%のインフレターゲットを持たせ、
総額200 兆円の国土強靭化計画を実行するという前提でポジションを積んでい
るようだ。だがこれは間違いなく絵に描いた餅に終わるだろう。
そもそも金融政策はインフレ抑制には有効でもデフレ克服には効かないことは
常識。平成バブル当時でも日本の物価上昇率は1%前後であり、需給ギャップが
ある中でこれを2-3%に持っていくには爆発的新規需要が必要だが、それは日
銀の仕事ではない。またそういうことになれば10 年国債利回りは3%以上に上
がるだろうが、その場合政府の利払い負担は20 兆円以上も増加してしまうから、
財務省は絶対に首を縦に振らないだろう。
安倍政権が公約を実行するためには、日銀を政府の司令下に置く必要があり、
日銀法、財政法の改正が必要である。しかし新政府がそういう行動を具体的に起
こしたら、債券市場や格付け会社が黙っていまい。中央銀行の独立性が損なわれ、
巨額の公共投資資金を日銀の引き受けによって賄おうとすれば、瞬時に長期金利
が跳ね上がり、財政を圧迫するだろう。
4 月に任期満了となる日銀総裁人事も重要だ。金融緩和に前向きな人物が指名
されるのは当然としても、安倍氏が公約で打ち出したことに唯々諾々と従う愚か
な人物はそもそも候補にはならないだろう。また総裁人事は参議院の了承も必要
で、5 年前福田政権当時に民主党が反対して人事が紛糾したことがあったが、あ
まりにルーズな政策運営が警戒される人物が候補になった場合、同様のパターン
がありうる。
米国の財政の崖は、結局オバマ氏がブッシュ減税の大半を延長させて決着する
だろうとタカを括る向きが多いようだが、オバマ氏は富裕層の減税停止だけは断
固として譲らず、共和党と激突する公算が強い。大統領は切り札として、共和党
が金持ちの利益を擁護すれば全部の減税が失効し、中間層も増税となるため、共
和党は中間層から貧困層まで増税に引きずり込んだと非難することができる。
キャピタルゲインに対する減税は来年も持続するとは言えず、クリスマス前に
妥協が成立しない場合駆け込みで売りが殺到する可能性もある。いずれにせよ危
険を前にリスクを抱えるのは好ましいことではなく、荷物を軽くして年末を迎え
たい。
(了)