820142月

木村輝久「きらめき」 2012年11月号

政権交代を間近に控えた中国の最近事情レポート

尖閣諸島を巡る日中紛争で話題が渦巻くなか、先日SMBCフレンド証券・投資情報部中国室の
何紅雲さんの話を聴く機会があった。何さんは当協会の会合にも良く参加されておりご存知の方
も多いと思うが、俄かチャイナウオッチャーを含む多くの識者の説が乱れ飛ぶ中、幾つかの貴重
な情報が頂けたので、ご紹介と共に筆者なりに少し整理をしてみたい。
尖閣諸島の国有化をきっかけに起きた激しい反日デモの裏には政府の働きかけがあるという
説もあるが、それは間違いで「悪質のデモを行ったのは30歳前後の低学歴で無職、農村から出
稼ぎに出たが職も家もなく、社会、政府に対する不満が鬱積している人々がネットや携帯電話を
通して自発的に集まったもので、尖閣問題がそれに火をつけた」「中国人の国民性として自分の
不遇は全て政府のせいだと考えて、すぐデモに走る傾向がある」とのことだ。現に反日デモに限
らず地方の政治不信で民衆がデモに走る事は日常茶飯事だという。勿論、日本がかつて中国大陸
を侵略し、多くの非戦闘員が犠牲になったことは教育されており、特に青島、長沙など日中戦争
で荒らされた地域の人々が強い反日感情を持っていることは否定できない。反日スローガンと共
に多くのデモ参加者が掲げていた毛沢東の肖像画は、市販されており誰でも購入できるが、『毛
沢東時代に戻ろう』を唱える組織、毛沢東旗幟網によって配布されたものが殆どだったと言われ
ている。
「中国人の領土に対する意識の強さは日本人には理解できない」そして「中国の為政者は歴史
に名を残すことが何より大切と考えている。誰々の時代に尖閣諸島を失ったとなればその不名誉
は末代まで続く。従って尖閣諸島を日本に譲ることは絶対に考えられない」。
1972 年の両国の国交正常化時に当時の田中角栄首相と周恩来主席との話し合いで棚上げされ、
1978 年の日中平和友好条約調印の時も、鄧小平氏が将来の知恵に委ねると語ったこの問題が、
よりによって政権交代の時期が迫り新旧両当事者が神経過敏になっているこの時期に、何故都が
買う、いや国が買うという話が飛び出すのか、日本では国が地方を抑えられないのかという強い
疑問が、中国側にはあった。9月9日の、ロシアウラジオストックでの野田総理と胡錦濤国家主
席との会談、予約が一杯で時間が取れず、やむなく15分間の立ち話、しかも英語と中国語の通
訳を介したため正味は僅か数分の会合とはいえ、中国側が、我が国の国有化反対を極めて強く訴
えたにも関わらず、翌々日に日本側が国有化を決めたのでは、いかに親日家と言われる胡錦濤主
席でも激怒するのは当然であろう。9月11日以降、政府はCCTVを通じて「国有化抗議声明」
を流し続け、その結果、民衆の間にデモは許されるという空気が急速に高まった。4月に石原都
知事が、都による尖閣購入を言い出した直後から、中国のネットでは反日デモを呼び掛ける書き
込みが盛んに行われており、当局はその削除に躍起になっていたが、この段階でその閂が外され

たと見て間違いない。 多くの識者が語っているようにこの問題は結論を急がずに双方が冷静に
対応、時間を置く以外に方法はない。勿論、中国側の不法行為に備えて防衛安全保障体制の整備
を急ぐことは不可欠だが、今この時期に、石破茂氏のように、憲法改正だの海兵隊の創設だのと
いうことは火に油を注ぐようなもので、これ以上中国を刺激することは得策ではあるまい。
話題を変えて、間もなく発足する中国の新政権について考えてみたい。何さんは「中国の政局
を語る際のキーワードは、『改革と保守』であり『共青団と太子党』ではない。権力闘争の根底
には主義主張の違いがある」という。保守派は文化大革命前に戻るというのではなく、「より計
画経済的で、内向的かつ社会主義の理念に基づく改革を進めること」をモットーとし、一方の改
革派とは「日米欧などの西側諸国留学組をブレーンに抱え、市場経済を目指し、経済成長のため
には過去のものをどんどん捨て去る人々を指す」と語る。
胡錦濤氏と、その後を継ぐ習近平国家副主席はどう違うのか? 胡錦濤氏も前国家主席の江沢
民氏も共に鄧小平というカリスマ指導者によってその座を与えられた。これに対し習近平氏は
「民意によって選ばれた」。氏の父親は副首相を務めたこともありその意味では太子党に属する
とも考えられるが、文革で父親が失脚した後は、地方の官僚生活が続き、上海市の党委員会書記
の時、2007年に行われた中央政治局員を決める秘密選挙で選任され、本年7月の次期政治局員
推薦の秘密投票で国家主席のポストが約束された。従って党内の幅広い支持を得て選ばれた人物
と言える。新指導体制の政策指向について何さんは次のように語った。
「第一は法制度の再構築。カリスマ不在の時代、政権安定運営の拠り所は法制度しかない。現
在の法律は網目が大き過ぎて運用しにくいため、具体性を高めて利用し易い法律に作り変える必
要がある。法律に則った政権運営によって、中国の特殊性や異質さが払拭されるであろう。第二
は福祉制度の充実。目指すところは政局の安定と支持基盤の強化。これまでの経済成長と福祉制
度の拡大は貧困者層を大幅に減らしたが、他方で地域格差、都市と農村の格差、都市部での2
極分化で相対的貧困層が増えた。彼らは富裕層に対する不満が強く、政府にとっても非常に厄介
な存在になっている。第三に経済の安定成長。嘗てのような高成長は維持不可能になっており、
中成長の時代に入っている。潜在成長率は7~8%と見られており、第12次5ヵ年計画で定めた
7%の成長率が現実的だが、2015 年以降の第13 次5ヵ年計画ではさらに引き下げられる可能性
が強い」。GDP では世界第2 位になったが、1人当たりでは未だ日米の9 分の1 に過ぎない。
格差是正を通じてGDP 比40%弱に止まる国内消費を、日米並みの70%近くまで高めることが
安定成長の鍵となろう。
「エコノミスト」の11月臨時増刊号で多摩大学の沈才彬教授は新政権の政策の特徴を次のよ
うに書いている。第一は毛沢東の文革路線に戻らないこと、即ち、人権蹂躙、教育荒廃、モラル
喪失、経済崩壊を二度と起こさないこと。第二は改革・開放政策の続行、但し格差問題や腐敗蔓
延という改革・開放の歪については積極的に是正する。第三として、外交政策は対米協調を機軸
とする。習近平氏の我が国に対する印象は良くないという。
習氏は先日の米パネッタ国防長官との会談で、野田政権による尖閣諸島の国有化は茶番劇だと
強く批判し、対決姿勢を鮮明に打ち出している。従って新体制発足後も暫らくは対日強硬姿勢が
続くと思わざるを得ない。仮に安部政権が誕生すれば修復の機運が生まれる可能性もある。と言
うのは既に水面下で関係改善に向けての動きが始められており、高村正彦日中友好議員連盟会長
が中国を訪問した際、唐家旋・前国務委員が安部総裁について、右翼ともタカ派とも思っていな
いと好意的に語ったという話もある。 (以上)
話題を変えて、間もなく発足する中国の新政権について考えてみたい。何さんは「中国の政局
を語る際のキーワードは、『改革と保守』であり『共青団と太子党』ではない。権力闘争の根底
には主義主張の違いがある」という。保守派は文化大革命前に戻るというのではなく、「より計
画経済的で、内向的かつ社会主義の理念に基づく改革を進めること」をモットーとし、一方の改
革派とは「日米欧などの西側諸国留学組をブレーンに抱え、市場経済を目指し、経済成長のため
には過去のものをどんどん捨て去る人々を指す」と語る。
胡錦濤氏と、その後を継ぐ習近平国家副主席はどう違うのか? 胡錦濤氏も前国家主席の江沢
民氏も共に鄧小平というカリスマ指導者によってその座を与えられた。これに対し習近平氏は
「民意によって選ばれた」。氏の父親は副首相を務めたこともありその意味では太子党に属する
とも考えられるが、文革で父親が失脚した後は、地方の官僚生活が続き、上海市の党委員会書記
の時、2007年に行われた中央政治局員を決める秘密選挙で選任され、本年7月の次期政治局員
推薦の秘密投票で国家主席のポストが約束された。従って党内の幅広い支持を得て選ばれた人物
と言える。新指導体制の政策指向について何さんは次のように語った。
「第一は法制度の再構築。カリスマ不在の時代、政権安定運営の拠り所は法制度しかない。現
在の法律は網目が大き過ぎて運用しにくいため、具体性を高めて利用し易い法律に作り変える必
要がある。法律に則った政権運営によって、中国の特殊性や異質さが払拭されるであろう。第二
は福祉制度の充実。目指すところは政局の安定と支持基盤の強化。これまでの経済成長と福祉制
度の拡大は貧困者層を大幅に減らしたが、他方で地域格差、都市と農村の格差、都市部での2
極分化で相対的貧困層が増えた。彼らは富裕層に対する不満が強く、政府にとっても非常に厄介
な存在になっている。第三に経済の安定成長。嘗てのような高成長は維持不可能になっており、
中成長の時代に入っている。潜在成長率は7~8%と見られており、第12次5ヵ年計画で定めた
7%の成長率が現実的だが、2015 年以降の第13 次5ヵ年計画ではさらに引き下げられる可能性
が強い」。GDP では世界第2 位になったが、1人当たりでは未だ日米の9 分の1 に過ぎない。
格差是正を通じてGDP 比40%弱に止まる国内消費を、日米並みの70%近くまで高めることが
安定成長の鍵となろう。
「エコノミスト」の11月臨時増刊号で多摩大学の沈才彬教授は新政権の政策の特徴を次のよ
うに書いている。第一は毛沢東の文革路線に戻らないこと、即ち、人権蹂躙、教育荒廃、モラル
喪失、経済崩壊を二度と起こさないこと。第二は改革・開放政策の続行、但し格差問題や腐敗蔓
延という改革・開放の歪については積極的に是正する。第三として、外交政策は対米協調を機軸
とする。習近平氏の我が国に対する印象は良くないという。
習氏は先日の米パネッタ国防長官との会談で、野田政権による尖閣諸島の国有化は茶番劇だと
強く批判し、対決姿勢を鮮明に打ち出している。従って新体制発足後も暫らくは対日強硬姿勢が
続くと思わざるを得ない。仮に安部政権が誕生すれば修復の機運が生まれる可能性もある。と言
うのは既に水面下で関係改善に向けての動きが始められており、高村正彦日中友好議員連盟会長
が中国を訪問した際、唐家旋・前国務委員が安部総裁について、右翼ともタカ派とも思っていな
いと好意的に語ったという話もある。 (以上)