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木村輝久「きらめき」 2012年12月号

我が国の証券取引所の将来像を考える

今年の夏以降、我が国の取引所を巡る新たな動きが相次いでいる。即ち、東京証券取引所グル
ープが7 月11 日から開始した1 株48 万円での大阪証券取引所株式の公開買い付け(TOB)が、
買い付けの上限である議決権の66.67%を上回る215,000 株余の応募によって、8 月22 日に締
め切られ、TOBが成立した。大阪証券取引所株式の60%強が、フイデリティを始めする外国人
投資家によって保有されていたため、当初は果たしてこのTOBが成立するのか危惧する向きも
あったが、結果は案ずるよりは産むが易しに終わった。これを受けて、11月20日に東京証券取
引所グループと大阪証券取引所が臨時株主総会を開催し、来春1 月1 日をもって経営統合によ
る「日本取引所グループ」の発足が決まった。両社合算の上場企業時価総額は9月末で3.6兆円、
NYSEユーロネクスト16.4兆ドル、ナスダックOMXの4.8兆ドルに次いで世界第三位となる。
因みに第四位はロンドン証券取引所の3.5兆ドルである。
新会社の最高経営責任者(CEO)には東証の斉藤惇社長が、最高執行責任者(COO)には大証の米
田道生社長が就任する。会社の形態としては、大証が東証を吸収合併してホールディングカンパ
ニーの日本取引所グループが誕生し、その傘下に東証、大証、清算業務の日本証券クリアリング
機構、東証自主規制法人の4子会社がぶら下がる形になる。東証社長には生え抜きの岩熊専務が、
大証社長には旧大蔵省出身の藤倉副社長が夫々昇格就任する。日本取引所グループの株式は東証
と大証に重複上場され、1月4日から売買されることになる。この統合が、停滞を続ける我が国
株式市場活性化の先駆けとなることを期待してやまない。嘗て1990年代の後半、中堅総合証券
会社の経営に携わった筆者として、当時は予想もしなかったこのような姿に感慨無量である。
多くの外国人投資家が大証の株主になっていたことは、金融派生商品に強みを持つこの取引所
の将来性を高く評価していることの証左である。西欧諸国に先駆けて既に江戸時代に、帳合米取
引制度と呼ばれた差金決済による米の先物取引システムを編み出した大阪堂島。そして明治初期
に設けられた米商会所の流れを汲む大証の進取の気風を高く評価する者の一人として、筆者もこ
の統合に大きく期待している。
今後の予定では来年7 月に現物株市場を東証に統合、同時に清算業務や自主規制業務(上場審
査、不正取引の監視など)も統合される。この結果として、東西重複上場企業の上場維持経費は
削減され、証券会社もシステム投資負担が軽減する。それから半年後の再来年1月には、金融派
生商品市場が大証に統合される。
経営統合による効率化に加えて、上場企業となることの利点も大きい。証券取引所は、システ
ム投資に巨大な資金が必要であるが、これを賄うための公募増資などによる資金調達も可能とな
る。さらに上場企業なら株式交換による海外の証券取引所の買収も容易となる。1990 年代に欧

州諸国で国毎に独立していた証券取引所が、2000 年代前半に行われた世界規模での再編成で様
相が一変したことはご承知の通りだが、同じようなことがアジア諸国の間でも始まることは間違
いない。新会社の出番の大前提が一つ整ったことになる。戦後長期に亘って大蔵省事務次官OB
の指定席と言われてきた東京証券取引所社長ポストに、先年東証生え抜きの鶴島氏が就き、さら
に現在の元野村證券副社長斉藤氏が就任してかなりの時が経つが、官庁以上に官庁的と評判の悪
い東証の企業風土は一向に変わっていない。株式の公開・上場は、個人投資家に門戸が開かれ、
馴染みやすい、そして透明性の高い取引所に脱皮する絶好の機会でもある。
9月6日には改正金融商品取引法が成立した。この法案は、株式、金融先物、商品などを一括
して取引できる総合取引所の実現に向けた制度整備を盛り込んだもので、金融、農産品、工業品
など取引所ごとに異なっていた規制、監督官庁が、金融庁に一元化される。総合取引所に向けた
動きでは、既に2009年の金融商品取引法改正で、証券取引所と商品取引所が持ち株会社傘下に
ぶら下がる形での総合取引所への道が開かれている。しかしこれだけでは証券取引所、金融取引
所は金融庁、農産品は農水省、工業品は経済産業省と取引所ごとに規制・監督する官庁が別々の
ままで、総合化への機運は高まらなかった。今回の改正は、こうした縦割りの規制見直しに踏み
込んだもので、今後は当事者である証券取引所と商品取引所が合併と言う形で再編に動くか否か
が総合取引所実現の焦点となる。過去において、商品先物は強引な勧誘などが問題となった時期
もあり、証券界には「商品取引とは文化が違う」と言う消極論もある。
政府が法改正を急いだのは、低迷する商品取引を梃子入れするためだと言われている。世界の
商品取引はこの8年間で約4倍に増加しているのに対し、我が国では4分の1に減少、7つあっ
た商品取引所は、来年には2つになる見通しだ。
我が国がアジアでの金融センターを目指す上では、総合取引所の実現は不可避だが、監督官庁
の利害が絡むため、ある程度の時間が必要となろう。取引口座の一元化が実現すれば、投資家は
株式や商品先物などを一つの口座で取引できるため利便性は格段に向上することになる。
続いて、大手の機関投資家が利用を開始した「私設取引システム」についても考えてみたい。
10 月末に金融庁が取引規制を緩和したことで、野村アセットマネジメント、日興アセットマネ
ジメント、第一生命など大手機関投資家が、11 月から私設取引システム(PTS)利用を開始した。
これは、東京証券取引所など既存の取引所と競合するもので、今後の動向が注目されている。
このシステムのメリットは、売買コストの削減に加え、取引所での売買価格が1株当たり最低
1 円単位であるのに対して10 銭単位で売買ができ、よりきめ細かい運用に適していることにあ
る。今後ユーザー側のシステム対応が進めば利用企業が増加することは間違いない。現在我が国
でPTSを運営しているのは、SBIジャパンネクスト証券とチャイエックス・ジャパンの2社のみ
で、10 月単月で見ると、上場株式の総売買代金に対する占率は5.3%に過ぎない。米国では約
40社がPTSを運営しており、既に30%近いシェアーを持つ。因みにニューヨーク証券取引所と
ナスダックの合計取引シェアーは約40%であり、これに肉薄する勢いを見せている。ヨーロッ
パでも1社で20%弱のシェアーを持つPTSが誕生していると聞く。従って今後我が国でも急速
にシェアーが拡大することは間違いない。だからと言ってPTS が既存の証券取引所に取って代
わることは許されない。株式市場の規律や透明性を維持するためには、公的機関として市場の目
付け役を兼ねる取引所の存在は不可欠である。来春誕生する日本取引所グループが、株式の取引
速度をさらに高めるなどの対抗策を構築中と聞くが、個人投資家の利便性にも配慮する、活気に
満ちた新たな市場作りに取り組んで欲しい。 (以上)