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木村輝久「きらめき」 2013年1月号

随想―新春覚え書

新年おめでとうございます。謹んで新春のお喜びを申上げます。今年もどうぞ宜しくお
願い申し上げます。協会運営にいつも暖かいご支援を頂き誠に有難うございます。
昨年は、11月14日の野田当時総理による突然の衆議院解散宣言で、株価は反騰に転じ、
さらに衆議員選挙での自民党圧勝で12月17日以降騰勢を強め、大納会の日経平均株価は
10,322円と年初来の高値を更新、明るい年明けとなりました。
日本経済新聞による主要企業経営者20 名を対象とした恒例の今年の株価予測アンケー
トでは、12名が年末高、5名が年央高、年初1~3月高値予想は2名となっています。また
講談社の週刊現代、新春特別号に掲載されていた、アナリスト、学者、経済評論家など50
名による同種のアンケートでは、16名が年末高、9名が年央高、年初高は3名となってい
ます。実は我が協会の木村喜由理事、そして筆者も、この50名の中に入っています。
年明け1月2日のNY市場は、1日夜米国下院で「財政の崖」を先送りして回避する法
案が可決されたことを受けて、年末比270ドルを超す上げ幅を記録、ドル円為替相場も2
年5ヵ月ぶりのドル高円安水準、87円台後半をつけました。東京市場の大発会は、寄り付
き直後一時年末比340円を超える大幅高、終値も293円高と、幸先の良いスタートとなり
ました。実は筆者は前記の週刊現代のアンケート(昨年のクリスマス前にヒヤリングがあり
ました)で、「2月高値、日経平均11,000円」と回答しましたので、弱気に過ぎたかと反省
しながら、その一方では手持ち株式の含み損が大幅に減少したことで嬉しさも隠せません。
筆者が嘗て生命保険業界から証券界に身を転じた時、ある先輩から「この業界では、こと
相場に関する限り、午前中に言ったことと午後云ったことが違っても、全然気にすること
はないんだ」と教えられたことを思い出します。
この日新規上場の日本取引所(東証と大証の合併会社)株価の終値は3885円で、大証の昨
年末株価4300円比10%安でした。野村や大和を始めとする上場証券会社の株価が軒並み
昨年来の高値をつけた中でのことです。上場を待ち構えていた東証の株主中小証券の売り
圧力を恐れた結果と思われますが、デリバティブ商品主力で収益力の高い大証にとって現
物主力の東証は「お荷物」と言わんばかりの皮肉な結果になってしまいました。
安部総理は年頭所感で「政治への信頼を取り戻す為に何よりも大切なことは、スピード
感と実行力。デフレと円高からの脱却による経済再生が喫緊の課題だ」と宣言しています。
昨年12月26日の新内閣発足時の記者会見では「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民
間投資を喚起する成長戦略、この3本の矢で経済政策を進めて結果を出す」と語り、総理
経験者の麻生太郎氏を副総理、財務、金融大臣兼務としました。一見、旧大蔵省への逆戻
りを狙うかの如き人事ですが、首相の強い意志が伺えます。さらに、民主党政権の下では

休眠状態にあった経済財政諮問会議の人選で現場主義を重視、企業経営の第一線で活躍す
る佐々木東芝社長、小林三菱ケミカル会長、シンクタンクから日本総研の高橋進氏、伊藤
元重東大教授と4人の民間議員を加えて、実効性を求める姿勢を明確にしました。マクロ
政策を司る、この経済財政諮問会議の活性化に加えて、ミクロ政策を司る司令塔として、
安部首相自らを本部長とする日本経済再生本部の新設も打ち出されています。日本経済再
生本部が検討する3 本柱として、産業再興、国際展開、市場創出を掲げ、6 月までに具体
的な戦略が策定されるとのことです。
株高の背景には、円安に加えて、このように続けさまに打ち出された対策で、民主党政
権下の閉塞感が払拭されるという期待感があることは間違いありません。果たして、今後
どうなってゆくのか。株価の先走り過ぎには警戒も必要だと考えますが如何でしょう。7
月の参議院議員選挙までは衆参両院の捩れ国会が続くこともマイナス要因です。
筆者が余り強気になれないのは、円安で自動車産業に代表される日本の輸出産業の業績
好転は間違いありませんが、一方で円安のデメリットも、例えば化石燃料の輸入コストア
ップなど無視できません。貿易収支の赤字拡大も大変気になる所です。円安で交易条件は
改善されても相手国の景気動向はどうか。中国の景況と同国との種々の摩擦、インド、ロ
シア、ブラジルなど先行した新興国の停滞、中々解決に至らない南欧が抱える構造的な課
題、米国の景気動向など、グローバルでも多くの不安材料が払拭できないからです。さら
に相対的に大きく後退してしまった日本企業の国際競争力の回復がそれ程短期間に実現
するとも思えません。そして何よりも我が国が抱える国家財政の末期的とも言える危機状
況、日本国債の信頼性が何時まで持続できるのかなど、悩ましい問題が頭を離れません。
我が国にとって今年の大きな課題の一つがTPP への参加問題です。海外市場への展開
が産業再生の鍵であること、特に発展著しい東南アジア市場での競争で優位に立つこと、
地勢学的にも米国との絆を強めていく必要性が高いことなどを考える時、少なくとも討議
に参加することを躊躇すべきではないと思います。今回の組閣で非農林系の林芳正氏を農
水大臣に起用したことは評価できますが、安部総理は昨年の選挙戦では「聖域なき関税撤
廃を前提にする限りTPP 交渉への参加には反対する」と明言していました。自民党議員
の中にはTPP 参加に反対の立場をとる人が少なくありません。一方で、首相としての最
初の訪問国に米国を選んだことは善しとして、オバマ大統領の最大の関心事である、我が
国のTPPへの交渉参加要請に対してどう対応するのか。9月のタイムリミットが控えてい
るだけに、参院戦が終わってからなどと悠長な引き伸ばしはできない段階に来ています。
最後に、筆者が現役時代、幾つかの地方勤務で縁の深かった地銀の再編問題について。
3 メガバンクの誕生となった都銀の再編に比べて、地銀の再編が遅れていることは否定
できません。昨年末、台湾の最大手、中国信託商業銀行が東京スター銀行の買収交渉を進
めているとの報道がありました。これまで外国のファンドが邦銀を買収した例はあります
が、外銀が邦銀を買収した例はありません。この所躍進著しい東南アジアの銀行が、過当
競争で収益低下に苦しむ我が国地銀への関心を高めており、今後は同様の動きが活発化し
そうです。3 月末で中小企業金融円滑化法が期限切れとなる為、地銀に発生する貸し倒れ
増加の懸念があり、地銀の経営統合が待った無しになるとも言われています。これに外国
勢の買収先物色が加われば、再編統合は急速に進むものと考えています。 (以上)