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木村輝久「きらめき」 2013年2月号

アベノミックスの法人優遇税制を考える

去る1 月28 日に召集された通常国会での所信表明で、安倍総理は「日本経済は円高、
デフレが長引き、足元では貿易収支の赤字拡大、国内の成長機会や若年雇用の縮小、復興
の遅延など閉塞感は深刻さを増している。危機に立ち向かい、突破するためには大胆な金
融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の“三本の矢”によって、これ
までの縮小均衡の分配政策から成長と富の創出の好循環へと転換させ、強い経済を取り戻
すことに全力で取り組まねばならない。この断固たる決意のもと2013年度税制改正では、
従来型の発想に捉われず民間投資や雇用を喚起し、持続的成長を可能とする成長戦略に基
づく、政策減税措置をこれまでになく大胆に講ずる」との基本方針を明かにした。これに
先立つ1月24日には、自民、公明両党による2013年度税制大綱が決定されている。
今月は、法人税制問題に論点を絞って考えてみたい。
現在、世界の主要各国は税制改革を通じて企業の国際競争力強化にしのぎを削っている。
例えば米国は、連邦法人税率を35%から28%へ、英国も来年には24%から21%へ引き下
げる方針を明らかにしている。わが国でも他国比相対的に高い法人税率、円高、人件費高
などによる、産業の日本脱出、空洞化、さらには雇用の流出が問題となってきた。昨年末
の新政権誕生以降の円高是正は輸出産業にとって大きなメリットとなっているが、国際的
に割高な法人税問題は、早急に解決すべき重要課題として残されている。
法人税を語る場合、「実効税率」という言葉がよく使われる。それは国税と地方税を合
わせた税率のことであることは案外知られていないように思われる。わが国の場合、法人
税の国税率は、2012年に30%から25.5%に、13年ぶりに引き下げられている。これだけ
見るとフランスやドイツよりも低く、中国とほぼ同水準、従って国際的に見ても必ずしも
遜色はない。問題は地方税として課せられる法人事業税と住民税で、これを合わせるとわ
が国の実効税率は約35%となる。さらに昨年度からの3年間、東日本大震災の復興財源と
して法人税額の10%が復興特別法人税として上積みされるため、現行では38.1%となって
いる。従って、当面の国際競争力の相手であるアジア諸国の税率25%前後との差は大きい。
国際的に見た場合、わが国ほど地方税制度が法人課税に依存する国は他にない。地方税は
住民に公共サービスを提供する自治体が課税するので、公共サービスの便益に応じた税負
担が求められるべきものである。従って、公共サービスを受けるのは個人であり法人では
ないことを考えれば、法人課税は地方税にはなじまないとする説には説得力があると思う
が如何であろうか。
さて、アベノミックスが掲げる2013年度の法人税減税の主要点を整理してみたい。
その第1は「設備投資減税」である。減税の対象となるのは、機械設備や工場建屋への
投資額が前年度対比10%以上増え、さらに減価償却費を上回る場合とされている。本社ビ
ルの新増築など生産設備と直接関係のない投資は対象とされない。
今回の特徴は、投資実績だけで減税の適用や規模が決まること。これまでの投資減税制度
(例えば産業活力再生法)の場合は、企業の経営計画を国や地方自治体が承認することが条件になっていた。
今回は上記の条件を満たしていれば、生産設備への投資額の最大3%を翌年度に支払う法人
税額から差し引く税額控除か、あるいは投資額の最大30%を特別償却として費用に計上で
きる前倒し償却かの何れかを選択できる。2 年間の時限立法だが、政府の試算ではこれに
よる減税額はおよそ1000 億円程度となる。この減税とは別に、最先端技術や省エネの設
備投資に対する助成金2000億円が緊急経済対策に盛り込まれている。
第2 は「研究開発減税」。現行制度では試験研究費の8~10%を、法人税額の20%を上
限に納税額から差し引けるが、これを30%に引き上げる(但し2年間の時限措置)。
第3は「雇用促進税制」と「所得拡大促進税制」。前者は雇用者数を前事業年度対比10%
以上かつ5人以上(中小企業は2人以上)増やした場合、法人税からの控除額を、増員1
人につき現行の20 万円から40 万円に引き上げるというものだが、大企業にとって10%
以上という条件はやや厳しすぎるのではないかという声も聞かれる。新設の所得拡大促進
税制は、給与などの支給額を5%以上増やした企業を対象に増加分の10%を法人税から差
し引くことができるものである。この他に、中小企業の交際費を年間800万円まで全額損
金参入を認める優遇措置もある。これまで企業が溜め込んできた内部留保を設備投資や雇
用等に回すことで景気回復の促進を狙うものであり、これらの減税総額は2700~3000億
円に達する見通しで、経済産業省の要望を上回る。
今回の優遇措置は、要するに企業の努力に報いる形での減税措置であり、法人税制の基
本になる国税率の引き下げや、地方税制度の見直しに踏み込むものではない。前述の通り
法人国税率は今年度に30%から25.5%に引き下げられたばかりであり、次回、即ち今年
末から始まる2014年度の税制改正の主要テーマになる筈である。
最近新聞で見た国税庁の調査によると2010年度に法人課税の対象になった企業は27%
に留まるという。残りは繰り越し欠損で黒字を消した企業を含む赤字企業。そして、納税
額の約65%は資本金1億円超の大企業によって支払われている。欠損金を繰越せる期間は
9 年間、従って景気が回復しても税法上の赤字企業は急には減らず、一部の成長企業だけ
が法人税を負担するという現状のままで良いのか。解決すべき課題であろう。
最後に、今般皆様にもアンケートにご協力頂いた経産省が促進を図っているエンゼル税
制の件。これは法人税ではないが、将来に期待の持てる創業直後の企業に対する個人の出
資を促進し、わが国の産業の活性化を推進させるための施策であり、当協会としても強い
関心を持っている。ただ注意しなければならないのは、単なる資金集めの詐欺まがいのも
のが極めて多いことである。当協会には、月に2~3 回ぐらいの割合で、出資をしてくれ
る個人投資家を紹介して欲しいとの電話がある。しかし、話を聞いてみると、怪しげな儲
け話で資金を引き出させようとするものが殆どで、断ることを原則としている。時流に乗
り、あるいは先取りする形で真に創業の努力をするエンゼル企業をどうやって見分けるか
が重要な課題であると思う。 (以上)