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木村輝久「きらめき」 2013年4月号

厚生年金基金制度廃止の是非を考える

前民主党政権時代の昨年9 月、厚生労働省が厚生年金基金制度の存続は難しいとし
て、10 年で全面廃止する方針を打ち出し、11 月には改革試案が提示された。しかし12
月末、政権が自民党に移ると、田村厚生労働大臣が、健全な基金もあることから全面廃
止の見直しを表明、これを受けた厚生労働省は新たな改革法案を作成、今国会で審議さ
れることになっている。
多くの方から、年金制度が良く分からない、自分が受け取っている年金がどうなるの
か心配だなどと云う声を聞くので、今月はこの問題について最近の報道等を整理しなが
ら考えてみることにしたい。
まずは厚生年金基金とは何か? 釈迦に説法と言われるかもしれないがお許し願いた
い。厚生年金基金は、将来支給される年金額を予め決めておく確定給付型企業年金の一
種で、企業が国に支払う厚生年金保険料の一部を借り入れて(納入免除と考えてよい)、
自社の企業年金をそれに上乗せする形で一体化させ、企業の自己責任で運用する仕組み
のことである。本来は国の厚生年金システムに組み入れられて運用される資金の一部を、
企業が替わって預り、運用することから、これを「代行部分」と呼んでいる。問題は、
この代行部分の積立金が将来の年金支給に必要な責任準備金を割り込んでいること、つ
まり不足金が生じていることで、これを「代行割れ」と称している。殆どの厚生年金基
金が年金受給者に約束する運用利回りを5~5.5%という高水準に設定しているため、そ
の後の長期に亘る低金利、株価低迷で、積み立て不足を抱える基金が増加している。
厚生年金基金は1966 年に、公的年金、企業年金、企業退職一時金を調整する仕組み
として誕生した。代行制度が設けられたのは、国の制度である厚生年金に個別企業の企
業年金を上乗せ可能にすることで、企業年金の推進を図る狙いがあった。ピーク時には
1800を超える基金があったが、その後の運用環境の悪化などで、代行部分が重荷、リス
クになり始めたことから、10年前、代行部分を国に返上することが認められるようにな
った。この結果大企業の多くは早々に代行部分を国に返上して独自の企業年金に衣替え
した。現在残っている基金の多くは、単独では資金量が小さ過ぎて運用に支障をきたす
零細・中小企業が同業同士、あるいは地域単位で結成する総合型年金基金である。2012
年3月末時点での基金数は577、加入者数約440万人、資産残高約27兆円、基金の40%
強が代行割れ即ち積立不足に陥っており、積立不足金が約1.1兆円と報告されている。
資金の性格上、本来であればリスクを取らない堅実な運用が求められるが、積み立て
不足解消を急ぐ余り、やむなくリスクの高い運用に手を染めたことで起きた事例が、
昨年2月のAIJ投資顧問事件である。高利回りを謳い文句に詐欺まがいの手法で、多くの
基金から資金運用を受託しながら、受託資金の大半、一説では2000 億円近い資金を消
失した極めて悪質なケースである。他にも、基金から運用を受託した大手信託銀行が未
公開株へのずさんな投資で資金を消失、営業停止処分を受けたケースもある。
アベノミックス効果で株価が上昇している事で、多くの基金が抱える積立不足額は前
記の1.1兆円よりはかなり減少している筈だ。従ってこの時期に制度そのものを根本的
に見直すことは時宜を得ていると考える。
4月に国会に提出される法案では「代行部分に損失を抱える基金は5年で解散させる。
5 年後に残った基金には厳しい存続基準を設け、解散か他の企業年金への移行を促す」
ことが骨子となるようで、10 年で全面廃止とした昨年11 月の試案と実質的には殆ど変
わらないと言ってよい。
基金を解散して代行部分を国に返還する為には、積立不足金額を埋める必要がある。
しかし業績不振を続けてきた多くの母体企業にはそれだけの余力がない。これが現状で
あろう。制度としては、代行部分の給付は公的年金の一部として厚生年金本体が補償す
る義務を持つとされているが、これに対する反対意見も多く悩ましい問題となっている。
国が行う厚生年金の積立金残高は現在約120 兆円と言われている。従って代行部分の
不足金額を埋める事は充分可能である。しかし特定の基金救済のために全く関係のない
他の企業従業員の負担で積立てた資金を充てるのはモラルハザードにつながる。あるい
は過去に厳しい自己努力によって不足分を解消した基金の存在を考えると公平性を著し
く欠く結果になるというのもそれなりに説得力がある。まあそれは兎も角として、自分
が関係する企業が傘下に入っている厚生年金基金が解散(代行部分を国に返上)しても、
代行部分の年金の給付は国によって保証されており、その年金が支給されなくなる訳で
はない。但し、企業による上乗せ部分の年金支給は停止となる場合がある。
私事になるが筆者が36年間勤務した住友生命は単独の企業年金を持っているが、その
後に4 年間勤務した泉証券と云う会社は単独の企業年金ではなく、中小証券会社で構成
された日本証券業厚生年金基金に加入していた。平成バブル崩壊後の永い不況で証券業
界の再編が進むとともに廃業する証券会社が続出し、証券マンの数が激減したため、平
成17(2005)年に日本証券業厚生年金基金は代行部分を国に返上して解散した。幸いな事
に代行割れ(積立不足)にはなっていなかった。国に返上した代行部分の年金は、現在は
企業年金連合会から支給されている。なお代行部分に上乗せされていた企業年金は解散
時に一時金として受け取っている。
昨年秋以降、厚生年金基金問題が大きく浮上してから、母体企業に資金的な余力があ
る基金の解散が急増している。解散には申請から認可まで1 年近く掛かる為、早い方が
母体企業の穴埋め負担が少なくて済むとの読みであろう。一方で、財政的に健全で余裕
のある基金の中には、基準を厳しくして解散を促すとする今回の政府改革案に反対し、
強い存続希望もあると聞く。
改革法案がどんな形で決着するかは判らないが、基金制度の破綻は、長期に亘る運用
環境の悪化から生じた不可抗力とも言える事態だけに、将来の年金受給を信じて年金保
険料を支払った勤労者への被害が最小限に止まることを願ってやまない。
(以上)