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木村輝久「きらめき」 2013年5月号

ROE(株主資本利益率)の実効性を考える
株価の低迷時に、PERあるいはPBRが株価水準の適否を判断する指標として重視さ
れてきた。改めて書くまでもないと思うが、PERとはPrice Earning Ratioの略、1株
当たりの利益に対して株価が何倍になっているかを表す指標で、株価収益率と訳されてい
る。PBRはPrice Bookvalue Ratioの訳で、株価純資産倍率、即ち当該企業を解散した
場合の資産価値と株価の比率を表す。従ってこれが1倍を割り込んでいる場合は、発行済
み株式全株を買い取って解散しても、理論上は利益が出るわけで、教科書的には、通常、
資本市場では異例なケースとされている。しかしながら、つい先ごろまで我が国の上場企
業の約70%が1倍を下回っており、東証1部企業の平均PBRは一時0.8倍という低水準
まで落ち込み「デフレ日本の象徴」と言われた。その後、アベノミクス効果による株価上
昇で最近は、1.4倍を上回るまで回復、過去20年平均の1.6倍に接近してきているが、そ
れでも米国株の1.8倍には及ばず、国際水準比では未だ低いことは間違いない。
株価の上昇でPERやPBRの水準訂正が進むにつれ、最近はROEが投資家の注目を
集めるようになってきた。ROEはReturn On Equity の略で、株主資本利益率のこと。
これの意味するところは、株主資本即ち自己資本を如何に効果的に使って利益を挙げてい
るかを示す尺度と言える。従って利益が同じなら自己資本が少ないほどROEは高くなる。
参考までにROEを分解すると次のようになる。
売上高利益率×総資産回転率(売上高を総資産で割ったもの)×自己資本に対する総資
産倍率=ROE。 また、3指標の関係式は、ROE×PER=PBRとなる。
戦後の産業復興期、我が国の企業は借入金依存度が大きく、これによって設備投資が進
められた。従って、戦勝国のアメリカなどに比して自己資本比率が低く、長い間、自己資
本の充実が、企業の重要な経営課題とされていた。
1940年代後半以降、企業の増資形態が額面増資から時価発行増資に変わるとともに徐々
に自己資本比率が向上、さらに1980 年代のバブル期には株価の高騰で、増資環境が様変
わりに好転し、多くの企業が相次ぐ増資で自己資本比率を一層高めることができた。その
後1990年代からのバブル崩壊後は、野村総研のリチャード・クー氏流に云えば「バランス
シート不況」の時代、企業はこぞって借入金の返済に努めた。支払い金利の減少は当然の
ことながら、企業の収益力向上に大きく貢献する。嘗ては殆どなかった無借金企業が最近
では珍しくなくなった。
さて、こういう時代なると、株主は自分達の資産、即ち企業の自己資金イコール株主資
本がどれだけの収益をもたらし、それが如何に自分達株主に還元されるかに強い関心を持
つのは当然であろう。特に投資資金の効率を重視する機関投資家、中でもヘッジファンド
など海外の機関投資家にはこの傾向が顕著である。彼らは日本企業のROEの低さを厳し
く指摘する。企業が保有する自己資金、特に将来の支払いに備える手元資金などを、利益
を生まない滞留資金と見做し、企業の発展のための先行投資、例えば他企業の買収など収
益機会に直結する資金の積極的活用、あるいは自己株式買取りで発行株式数を減らすこと
で、株価の上昇を図るべきだ、あるいは配当金を増やして株主に報いるべきだと言う訴え
が株主総会などで頻繁に聞かれるようになった。この背景には、リーマン・ショックをき
っかけに、運転資金に余裕を持たせる企業が増加し、上場企業の手元資金がここ3年間60
兆円前後で推移していることがあると考えられる。
「ROEの低さが日本の上場企業の構造的弱点」という指摘。確かに各国を代表する株
価指数に採用されている企業を対象にした場合、アメリカ、イギリスの28%、世界平均の
22%と比較した場合、日本企業の6%台という水準は桁違いと言われるほど低い。過去、
最も高かった2005~6年当時でも9.5%で10%にも達していなかった。しかし筆者はこの
差を、必ずしも企業経営者の怠慢とは考えていない。経営の主眼を目先の収益力向上に置
く欧米企業と、中長期的な視野による経営を重視する日本企業との価値判断の差が、OR
Eに顕著に現れていると考えるが如何なものであろうか。
手取り早くROEを向上させようとすれば、投資の抑制、経費節減などの縮み志向でも
表面上は解決できる。しかし、それでは株主にとって得るものはない。最近漸く話題を呼
ぶようになって来た不採算事業からの撤退、あるいは新製品の開発、市場開拓など前向き
の経営判断に基づくROE向上こそが本物の筈である。アベノミクス3本の矢の一つであ
る「成長戦略」では、目先の利益追求だけでなく中長期的視点での資本の有効活用が求め
られている。戦略的な投資機会を狙って待機させている資金を、本来株主の物だから速や
かに株主に還元せよという主張は納得し難く、行き過ぎた株主権の行使には抵抗を感じる。
企業の使命は、単に株主への利益還元だけでなく、国家への貢献、顧客の重視、業績向上
に努める経営陣、それを支える従業員に報いることなど多岐に及ぶ筈である。
ROEを問題にする場合、大規模な設備投資を必要とする重厚長大型企業よりは、設備
を殆ど必要としないサービス業、ソフト産業などのROEが高いのは当然である。先日、
日本経済新聞に掲載されていた前3月期決算の予想ROE上位20 社の殆どがいわゆる非
装置型産業であるが、その中で28.1%、17 位にランクされている富士通ゼネラルが目を
引く。不採算のプラズマテレビ、冷蔵庫などから撤退、主力の空調機に経営資源を集中す
るとともに、原材料の海外調達、在庫管理の徹底で、ROEを前期比で一挙に11 ポイン
トも向上させたとのコメントがあった。また20位以内には入っていないが20.6%を挙げ
たいすゞ自動車、あるいは売上至上主義を脱し、利益重視、効率優先の経営でROEの中
期目標10%超を表明した再建途上のパナソニック、資本効率という新しい物差しによる事
業仕分けで、2年後のROE目標8.9%(前期は5.5%)を掲げる三菱重工など、株主の期
待に応えようとする大企業の動きが話題を呼ぶようになってきた。このような新しい動き
の拡大が、今後の株価上昇の支えとなることは間違いないであろう。 (以上)