木村輝久「きらめき」 2013年7月号
朴槿惠・韓国新大統領と日韓関係を考える
本年2月、大韓民国第18代大統領に史上初めての女性で就任した朴槿惠氏が、5月の
訪米に続いて6月末に中国を訪問し、習近平国家主席などとの首脳会談が行われた。これ
までの歴代大統領が訪米に続いて2番目に日本を訪問してきた慣行が破られたことに関し
て、一部のマスコミが大きく取り上げていたが、核保有で緊迫する北朝鮮との関係、或い
は、中国との昨年の貿易総額が2150億ドルに達し、日韓の2倍以上になったこと、輸出
総額に占める対中国輸出比率が24.5%で対米国の2倍、対日本の3倍という数字を考える
と、中国を優先するのは当然で、日本を軽視していると僻むのは間違いであろう。
今回の朴大統領の中国訪問の最大の狙いは北朝鮮問題。非核化の原則を守りながら南北対
話によって相互の信頼を積み上げる構想を実現するためには、中国の協力が欠かせないか
らだ。しかし注意すべきは、韓国側の一方的な中国擦寄りではなく、今回の訪問には中国
側の熱心な働き掛けがあったことである。中国が米国との新たな大国関係を築き上げるた
めには、朝鮮半島の安定が不可欠である。さらに、中国にとって韓国は東アジア地域の包
括的経済連携による自由貿易圏作りの起点となるからだ。首脳会談後の共同声明では、朝
鮮半島の非核化を目指すことに加えて、中韓自由貿易協定(FTA)推進が盛り込まれた。意
外に感じるのは、中韓が最近歩調を合わせている歴史認識問題や領土問題には触れず、「日
中韓の関係発展は北東アジアの平和と繁栄に重要な役割を果たす」として、日中韓首脳会
談の年内開催を検討することで合意したと書かれていることだった。
5月に朴大統領が米国を訪れた時のオバマ大統領の歓待ぶりも、大方の予想を上回る大変
なものだったという。韓国が中国に取り込まれることにでもなれば、アジア回帰を目指す
米国にとっては極めて不都合という思いが伺われる。歴史や領土問題が障害となって、日
韓、日中の首脳会議実現の目途も立たない我が国にとって、アジアに於ける“日本外し”
が危惧されるのは当然かも知れない。
朴槿惠大統領の父親、朴正煕は1963年から1979年まで、即ち第5~9代大統領として、
軍事独裁権威主義を築き、その間、日韓基本条約の締結によって「漢江の奇跡」と呼ばれ
る高度経済へと結びつけたことでよく知られている。旧満州国軍官予科卒業後1942年に
日本の陸軍士官学校に編入学、日本名は高木正雄、いわゆる親日家であった。戦後は韓国
軍の幹部として活躍、1961年5月に軍事クーデターで国家再建最高会議議長に就任、2年
後に大統領に就任した。1974年、ソウルで開催された光復節(日本からの独立記念日)の祝
賀行事に夫婦で参加中、在日韓国人文世光によって夫人陸英修氏が暗殺された。文世光は
大阪在住の朝鮮総連幹部から朴正煕大統領の暗殺を依頼され、大阪府警警察官の拳銃を奪
って犯行に及んだ。朝鮮総連の関与が明白であったにも拘らず、事件発生当初、日本側が
それを表明せず、謝罪もなかったことで、一時日韓関係が大きく悪化、朴正煕当時大統領
は「日本を赤化工作の基地と看做す」と激昂したと言われる。2002年に、当時ハンナラ党
副総裁だった朴槿惠氏が北朝鮮を訪問した際、金正日国家主席が、この事件について北朝
鮮の関与を認め、謝罪している。
かつて福田赳夫総理が韓国を訪問した際、朴正煕当時大統領が次のように語ったと言う。
「日本の朝鮮統治はそう悪かったとは思わない。自分は貧しい農家に生まれ、学校に行け
なかったが、義務教育を受けさせない親は処罰するという日本人が作った法律のお陰で学
校に行けた。成績が良かったので、日本人の先生が師範学校に行けと奨めてくれた。日本
の陸軍士官学校は首席で卒業、全生徒を代表して答辞を読んだ。日本の教育は公平だった。
日本の行った政治を感情的に非難するつもりはない。むしろ評価しているくらいだ」と。
またある時は、竹島の帰属で韓日が争うようなら、あんな島なんか海中に沈めてしまえ
ばよいとも語っている。
1979年10月、朴正煕当時大統領は古くからの友人、大韓民国中央情報部長金載圭によ
って暗殺された。学生運動に対する弾圧が手緩いと厳しく叱責された恨みだったと聞く。
先日、済州島の出身で日本に帰化している呉善花日本拓殖大学教授の講演を聴く機会が
あった。氏の話では、最近の韓国の反日感情の高まりは尋常ではないが日本では余り報道
されていない。KBS(日本のNHK に相当)は、安倍首相を「悪魔」と言い続けている。ある
雑誌で安倍総理の風刺画を見たが、その目は日の丸の旗になっていて、両眼に矢が突き刺
さっているのに驚いた。4 月に久しぶりに帰国したが、自分は安倍総理が首相に就任した
とき2時間ほど懇談したことがあると喋ったら、国賊扱いされてしまった。身内の人達か
らも邪魔者扱いされ、ほうほうの体で逃げ帰って来た。安倍さんはご自分の祖父(岸信介)
が朴大統領の父親朴正煕元大統領と親しかったので、日韓関係は改善するだろうと楽観的
だったがそれは間違いだ。現に安倍総理が朴槿惠大統領の就任を祝って電話を掛けたとこ
ろ非常に冷たい反応で「私の父と貴方の祖父が親しかったと言うことは絶対に他言してく
れるな」と厳しく言われたそうだ。新大統領は若い世代に人気がない。愛国心に燃える若
者の支持を強めるためには対日強硬姿勢を貫くしかないのが実情とのことだった。日本を
叩くと韓国人は直ぐ纏まる。朝鮮民族は北も南も古くから異民族の侵略に悩み続けてきた。
日本にはそれがない。日本人は人間(他民族を含めて)を信じることに余り躊躇しないが韓
国人はそうではない。一旦不信感を抱くと、それを取り除く事は不可能と言っても良い程
だ。呉善花教授が「併合時代に日本の恩恵を受けた」とか「慰安婦問題には誤解がある」
と発言したことが国賊扱いの元になっているとのこと。今、韓国では「何故日本は韓国を
苦しめるのか」と云う本が売れているという。韓国人の発想に、日本は先に豊になったの
だから竹島ぐらい呉れても良いではないかという思いがある。中国を父親とすれば日本は
弟のようなもの、弟は兄を大切にするべきだと考えている人が多い。従って日本の男性に
自国の女性が慰安婦にされて汚されたと聞けば、絶対に許せないということになる。今月
に入って、朝鮮日報がソウルの外交筋の話として「朴大統領は、安倍内閣の歴史認識や慰
安婦問題に対する態度が消極的過ぎることに不満が大きく、日韓首脳会談を行う考えは全
くない」と報じている。政権維持のためにも、対日強硬姿勢を今後も貫き通さざるを得な
いと考えるべきであろう。 (以上)