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木村輝久「きらめき」 2012年6月号

木村輝久「きらめき」 2012年6月号

ギリシャのユーロ圏からの離脱問題を探る

今月17 日に予定されているギリシャの再選挙の結果に関心が集まっている。人口僅かに
1100 万人、経済規模でEU の2%にも満たない小国の選挙結果が、市場に大きな影響を及
ぼそうとしている。まず最初に、再選挙に至るまでの経緯を要約しておきたい。
さる5 月6 日の総選挙で、緊縮財政に反対する急進左派連合(SYRIZA)が、国民の支持を
得て第2 党に躍進した。その結果、緊縮財政推進派の与党、即ち第1党の新民主主義党(ND)
と第3 党に後退した全ギリシャ社会主義運動(PASOK)の議員数が過半数割れになってしま
った。与党側は、緊縮財政反対派の中で比較的穏健とされる民主左派を説得して過半数を
抑え、連立政権樹立を目論んだが不首尾に終わった。そこで伝えられるところではパプリ
アス大統領が調停に乗り出して、政治家を加えない有識者による実務者内閣樹立を提案し
たがこれも成功せず、憲法の定めに従って再選挙になったということである。
一般的にはギリシャ国民が、旧政権がEU と約束した緊縮財政推進に耐え切れなくなっ
て、緊縮財政反対派に票を投じた結果だと云われているが、与党の敗北理由はそれだけで
はない。腐敗体質を温存させたままこれまで40 年近く、交代で政権を握ってきた2大政党
に愛想を尽かした結果だとも云われている。
70%以上のギリシャ国民が緊縮財政に反対しながらその一方では80%近くがユーロへの
残留を希望するという「良いとこ取り」をどう考えるのか。納税義務忌避を当然と考え、
脱税方法に知恵を絞るギリシャ国民、それを放置して徴税努力を欠く「ぐうたら政府」、そ
んな国に血税を投じて支援する必要はないと主張するドイツ国民の気持ちは我々日本人に
は理解しやすい。しかし冷酷な市場にはそのような情緒の世界を受け入れる余地はない。
再選挙が近づくにつれて各党の動きが活発になっている。これまで連立政権を組みなが
らもライバル関係にあった2大政党は、今は相互の批判を避け、緊縮財政反対派が政権を
握ればユーロからの離脱に繋がると訴えて支持を広げようとしている。前回選挙の投票率
は過去最低の65%、棄権した層に穏健派が多いことから、EU に緊縮策の緩和を申し入れ
ることを仄めかしながら少しづつ支持率を高めているとの報道もある。一方の緊縮財政反
対派は第4党の「独立ギリシャ人」、第5党の「ギリシャ共産党」、前記の「民主左派」、「黄
金の夜明け」などの少数政党が、第2党に躍進した「急進左派連合」の独走体制に対する
警戒感を強め、中々足並みが揃わないようだ。5 月6 日の総選挙で勝利して以来20%を超
える支持率を維持して来た急進左派連合に対して、その後日を追って緊縮財政派で第1党
の新民主主義党の支持率が上昇しており、5 月20 日前後に地元メディアが伝えた四つの世
論調査では23~24%の支持率を獲得、同じく緊縮派の全ギリシャ社会主義運動も14~17%
へ向上しており、半緊縮派の急進左派連合の支持率21~28%をリードする勢いの様である。

急進左派連合のツィプラス党首は、緊縮財政には反対してもユーロ圏からの離脱には繋
がらないことを強調して、支持率の低下阻止に躍起になっているとの報道もある。
再選挙で仮に急進左派連合が第1党となり、新政権が緊縮財政路線を白紙撤回した場合
は如何いうことになるか。ギリシャに対する公的機関からの融資は、緊縮財政推進を条件
としているため、EU、IMF などからの支援は打ち切られることになる。途端にギリシャ
の資金繰りは行き詰まり、公務員給与の支給や国債の利払いなどが不可能となり、当然な
がらギリシャ経済は大混乱に陥る。「無秩序なデフォルト」でギリシャ国債を保有する金融
機関は大きな痛手を蒙る。3 月のデフォルトの対象は民間金融機関に限られたが、今度は
公的金融機関をも巻き込むことになり、ユーロ圏各国の中央銀行が債権焦げ付きで資産内
容が悪化すれば、今後、スペインを始めとする南欧諸国への支援融資に支障が生じること
にもなりかねない。同時に体力の脆弱な金融機関の破綻連鎖で、金融システムの麻痺とい
う大きなリスク予想される。
緊縮財政白紙撤回とユーロ圏からの離脱の関係はどうなのか? EU の基本条約(リスボ
ン条約)には加盟国がEU から脱退する場合の定めはあるが、ユーロ圏脱退の規定はない。
「EU 加盟国は原則としてユーロを導入する」ことになっており、ユーロ圏から抜けても
EU には留まることは想定されていない。従って、ギリシャがEU からの脱退を決めれば
ユーロ圏からの離脱はできる訳だが、この場合、欧州議会の同意と加盟国過半の賛成が必
要で、2 年後に始めて脱退が認められることになっている。
EU 側が強制的にギリシャをユーロ圏から離脱させること、あるいはギリシャがEU に
加盟したままユーロ圏から離脱することには規定に定めがなく、高度の政治判断に委ねら
れることになる。世上しきりに喧伝されているギリシャのユーロ圏離脱は、実はそれほど
簡単ではないと認識しておく必要があるが、このような法的な手続きは別として、仮にギ
リシャがユーロ圏から離脱したら如何いう事態になるのか。
当然のことだがギリシャの通貨はユーロからドラクマに替わる。現にドラクマ紙幣の印
刷準備が始められているという噂もある。新ドラクマの価値が対ユーロで大幅に下落する
ことは明らかで、これに備えて海外の金融機関へのユーロ預け替えが盛んになっている。
通貨安で輸入品の値上がり、インフレ、金利高は必至だが、これといった輸出産業がない
だけに通貨安のメリットは殆どないと言ってよい。
危惧されるのはギリシャの次のユーロ離脱国探しである。差し当たりスペイン、ポルト
ガルなどが候補に上げられる可能性が強いが、実態は別として新たな稼ぎ場所を狙うヘッ
ジファンドにとって格好の材料になることは間違いない。さらにドイツ、フランスなどが
中心となって進めてきたユーロ圏の拡大路線にブレーキが掛かることは避けられないであ
ろう。既にEU に加盟しながらユーロ導入を見送っている英国、デンマークはともかくと
して、EU 加盟済みの中東欧諸国のユーロ導入にマイナスの影響が考えられる。
不安材料を縷々書いてきたが、筆者は実はそれほど心配はしていない。仮に財政緊縮反
対派が政権を取ってもEU からの支援が打ち切られない為の歩み寄りは当然するであろう。
またドイツにしてもギリシャをユーロ圏から追い出すような愚行はしない筈だ。ギリシャ
国民にしてもEU から見放されたらどうなるかを熟慮するだろう。筆者は、6 月17 日の選
挙では結局財政緊縮派が勝利し、EU 側に財政緊縮の緩和を申し入れながら時間を掛けて
財政再建に取り組み、同時に経済成長路線を探ることになると考えるが如何であろうか。
(以上)